共同利用観測装置報告書


  1. 観測装置名

    IRCS

  2. 装置責任者、サポートサイエンティスト名、チームメンバー名

    # 2002.12 現在で、グループ自体はすでに解散していますので(現在は、すべての装置において、サポートサイエンティストが装置責任者となっているはずです)、あくまでも立ち上げ期(FY1999-2001)の体制と理解して記述します

    装置責任者FY1995-1998 Alan T. Tokunaga(ハワイ大学)
    FY1999-2002 小林尚人(国立天文台) 現・東大理センター
    サポートサイエンティスト寺田宏
    チームメンバー(新旧メンバーを全員含む)
              国立天文台
    寺田宏(ポスドク:IRCS製作・調整、IRCS評価)
    後藤美和(ポスドク:IRCS製作・調整、IRCS評価)
    表泰秀(ポスドク:IRCS製作・調整、IRCS評価)
    今西昌俊(アレイ評価)
    Mark Weber(ソフトウェア・エンジニア)
    Bob Potter(装置テクニシャン)
              ハワイ大学
    Joe Hora(collaborating scientist)現、CfA, Harvard
    Klaus Hodapp(collaborating scientist)
    John Rayner(collaborating scientist)
    Peter Onaka(エレクトロニクス・エンジニア)
    Greg Ching(装置テクニシャン)
    Tony Young(メカニカル・エンジニア)現、ETEC
    Douglas Neil(メカニカル・エンジニア)現、NASA
    Jim Bell(メカニカル・エンジニア)現、Keck
    Kent Fletcher(メカニカル・エンジニア)
    Lou Robertson(マシニスト)
    Daniel Cook(マシニスト)現、Bear Machinery
              AeroSpace Coorporation
    David Warren(オプティカル・エンジニア)

    これ以外にも数多くのサイエンティスト/テクニシャンによるサポートが、ハワイ観測所/ハワイ大学両方であった

  3. 主な研究目的・目標スペックと新たな開発要素(FDR時)

    汎用機のため研究目的は多岐にわたるが、以下は特に進展があると当時考えていた分野

    Galactic

    Extra-Galactic

    主な目標スペック

    主な新たな開発要素

  4. 完成時期・製作総経費 (年度別に、保守部品等も含む)
     (今後、機能追加のため等に必要な経費があれば、それについても記述)

         完成時期 2000年 1月
    (ファーストライト 2000年 2月)
         公開時期 2000年12月(S00B期)

  5. GT でのサイエンスの項目リストと概要

  6. 装置の現況
  7. 共同利用実績

    # 以下概算ですので、正確な数値は、観測所オペレーション部門にまとめていただくことをお問い合わせいただくようお願いいたします。

  8. 学術成果実績(GT、共同利用含む)装置論文のリスト、今後の発表予定

  9. その他、特筆事項
    観測所他への要望、意見等、製作グループの今後の計画

    観測所他への意見等:
    ● プロジェクト体制と優先度について
     すばるには「装置数が多すぎる」というコメントがありますが、装置数の問題というよりは、各装置をどういうスケジュールで立ち上げていくかというプランが全くなかったことが問題だと感じました(残念ながら、どれでもできたものからやっていけばよい、早くできたものには褒美をあげよう、というような、たいへん乱暴な方針しかありませんでした)。このように「プラン」や「優先度」がないことが、どれだけ関係者に不要な負担をかけて、非効率的な結果につながったかは、いろいろなところで反省されていることと思います。
     他の国際的観測所のプランは、戦略をもとに基本的に時間差をつけて装置を立ち上げていくものであり、(それが成功していようが、失敗していようが)学ぶところが多いにあると思います。すばるでは、このようなプランをつくる主体がどこかも不明確でしたし、現在に至ってもその状況は変わっていません。
     今後はこのような大きなプロジェクトにおいては、例えば専門委員会のような場所でじっくり指針をつくってプランと優先度を決めてから、物事に取り組むことが必要ではないかと感じました。それが「決められない」場合は、その時点でプロジェクトは半分以上失敗しているように感じます。 今までは経験が全くなかったわけですから問題とは思いませんが、今後こそはこの経験をポジティブに生かして、ぜひ新しい仕組みをすすめていただければと考えています。

    ● 検出器について
     西村氏のたいへんな努力で、すばるは赤外線検出器のコンソーシアムを成功させました。他の観測所の検出器対策に失敗した多くの話を聞けばよくわかりますが、これはたいへんな成功です。最初に、IRCSとCIAOに導入されたAladdin2検出器は、残念ながらエンジニアリング・グレードでしかありませんでしたが、それは観測所の責任や方策の失敗ではなく、あくまでも結果論です。実際、その後、再び西村氏の努力で、サイエンス・グレードであるAladdin3へのアップグレードがすすめられました。西村/小林(IRCS代表)/周藤(CIAO代表)の関係3者で話し合って合意した結果、priority 順にIRCS-CAMERA、IRCS-SPECTROGRAPH、CIAOの順で3つの高質アレイへのアップグレードが着実にすすめられつつあります。
     検出器ビジネスは一般に、予算の獲得や手続き、試験など多くの作業が必要となるため、個々にやっていては全体としてはたいへんな労力になります。そこで、例えば宮崎氏によるCCDラボ、西村氏による赤外線アレイコンソーシアムに見られるように、天文台のようなところで検出器をまとめてケアーするシステムは、別々にやっていては一般に面倒な作業を「全体として」効率的にすすめる上でたいへんよく働いています。今後も天文台が日本の検出器のセンターとして機能するよう是非続けていただきたいと思います。

    ● 検出器の扱いについて(優先度について再び)
     最初の3つのAladdin2アレイは、平等配分の原理で、最もよいものがIRCS-SPECTROGRAPH、中間のものがCIAO、もっとも悪いものがIRCS-CAMERAに選ばれました。IRCSはこの状態で共同利用に出さざるを得ませんでしたが、よく使われるIRCS-CAMERAがもっとも質の悪い検出器を使うこととなり、その結果S00Bの観測者には今一つの感度での観測機能しか提供できなかった点でたいへん残念だったと考えています。
     また、一般にIRCS-CAMERAは感度があまり良くないという印象を誤って与えてしまったのではないかと心配していますが、これも今のAladdin3によって可能となった高感度な撮像・グリズム分光と比較すれば、たいへん残念でした。
     例えば現実的な対応として、AOが来るのをまっていたために特別に観測等を行う必要のなかった「CIAO用の2番目のグレードのAladdin2 検出器」をIRCS-CAMERAにテンポラリーに入れて、高感度の新検出器が来るまでの共同利用をしのぐことは十分可能でした。しかし、共同利用装置への「優先度」ではなく、各装置への「平等配分の原理」しかなかった当時では、全体的な方針をもとに優先度をつけて、そのような行動を提案できる状況ではありませんでした。この点でも、よりよい結果を出すための優先度の重要さを強く認識する結果となりました。

    ● 汎用装置とPI装置について
     IRCSはその名が示す通り、撮像および分光を「対等に」行う機能の「AO 汎用装置」として提案され、了承されました。
     撮像・グリズム分光・エシェル分光もの3つのモードがすべて一緒になっていると、シーイングや天候などによるあらゆる観測条件にフレキシブルに対応できます。一般にシーイングがわるい場合は、分光にすぐに切り替えることもできます。また、例えばあつい雲がおおってみんながあきらめるような条件でも、明るい天体のEchelle分光を行えば十分publishableなデータが取得できます。これは、R=20,000の分光が行われていない天体がまだまだ数多く存在するからです。 モードの切り替えは、4mクラスの赤外線装置では基本的に装置の交換を要していたのに対し、IRCSでは1分足らずで済んでしまうのは、大きな利点です。開発は確かにたいへんですが、FOCAS/COMICS/IRCSなどの汎用装置には、それだけの価値があると思いますし、このような汎用基幹装置をまずは数個設置するのは、すばるのように多くの多様なユーザーをかかえる大型の観測所では間違いなく必要だと思います。
     それを補完するような優れたPIタイプの装置が、あわせて作られていくべきだと思いますが、すばるの第1期観測装置のラインアップでは、汎用装置であろうがPIタイプであろうが区別が全くされていませんでした。汎用装置はそれなりのおおがかりなサポートを必要としますが、上のような状況では、結果として十分なサポートを得ることができませんでした。それどころか逆に、「観測所にいるのに望遠鏡の立ち上げを手伝わないのは問題だ」と言われ、観測所の別の用務を義務づけられるか、それをしなければまるで非メンバーかのように扱われた時期もあり(装置の立ち上げこそが職務の人々が、それで200%いそがしいときにそんなことを言われてもどうしようもありません…)、立ち上げ期の2年間はグループメンバー全員が精神的にも肉体的にもたいへんな労苦を強いられ、個人的にこのプロジェクトに引き込んだメンバーにはたいへん申し訳なかったと今でも感じています。
     また、赤外線の観測装置は冷却作業やまだわかっていないR&D項目が数多くあるために一般に「ややこしく」、どうしてもより多くのサポートが必要です。装置立ち上げ中はそのあたりがなかなか理解して貰えず、「どうして他の可視光の装置はそんなことを要求していないのに、IRCS(や他の赤外装置もそうだったと思いますが…)はいつもそうあつかましいんだ」というおしかりをいろいろな機会で受けたのを記憶しています。このあたりも、装置全体を把握して各装置の違いとpriorityを理解して統括しているシステムと部署があれば、きちんと適宜説明していただき全体に理解していただいた上でスムースに作業ができたのではないかと思います。
     # いまとなっては、すべて懐かしい思い出ですが…。
     装置はどれ一つとっても同じではありません。単一モードの比較的簡単な装置もあれば、モードが数多くあり相対的にたいへんな装置もあります。それぞれに合わせた「フレキシブルで十分なサポート」が必要十分です。
     このあたりは、すばるプロジェクトの方で、各装置グループから言われたことだけに対して画一的にリソースを平等分配するのではなく、最初から汎用装置的、PI装置的など、装置に応じてリソースをそれなりの規模に分配するシステムを十分とれたのではないかと思います。
     以上、立ち上げ期を上手にのりきることは、その後のサイエンス・スケジュールにcriticalに響いてきますので、すばるプロジェクトとしてもレビューで明確に押さえておくべき点ではないかと感じています。
     すばるは、ParanalやGeminiと比較して、今のところ、このあたりの経験の積み重ねが、まだまだ十分でないと感じています。

    ● AOとの共同作業
     IRCSはAOとの組合わせでもっとも成果を発揮する装置ですので、2つの装置を異なる2グループが共同で立ち上げていくという、すばるでもめずらしいパターンを経験することになったと思います。
     このような共同作業は、テクニカルな知識の共用だけでなく、人間関係等あらゆる点での密接な関係を必要とします。幸いAOグループとIRCSグループは、お互いテクニカルなことに興味のあるサイエンティストが揃っていたため、たいへん密接な関係ができ、それをベースにAOのファーストライトの成功に導くことができたと考えています。
     今でもそれをベースに細かいエンジニアリング項目などをshootしつつありますが、いままで装置を開発してきて、このような共同作業をどのようにすすめていくかを学ぶ上で、たいへん貴重な経験になりました。これが問題なくすすめられたのは、お互い相手も同歩調ですすまないと目的のサイエンスに届かないという共同意識が強かったことによると思います。お互いが自分のところだけできていればそれでよいと考えたり、相手ができていないときに「そちらが遅れたからわるい」と言うようなセクト主義的な考えが表に出ていては、このような結果は出せなかったと思います。PI同士の(Tokunagaと高見)の意識と理解がここでは最も大切でした。
     # なお、すばるの中では「AOが遅れた」と理解のない意見を言われる方もおられますが、世界のAOコミュニティからは、これだけの少ないマンパワーで(他のグループの1/3─1/5以下です)これだけのAOシステムをこれだけの時期でたちあげたという賞讚しか聞いたことがありません(それは国際レビューをやればわかるはずです)。

    ● 望遠鏡と装置の性能試験の進め方について
     「性能試験観測時間」(いわゆるGT時間)や「機能試験観測時間」は装置の性能出しに大変有効でしたが、唯一残念だったのは、望遠鏡の性能出しと装置の性能出しが同時期にすすめられたことです。
     装置の機能・性能試験期間中に一番頭を悩ませたのは、問題が生じたときに、望遠鏡の問題なのか装置の問題なのかが区別できなかったことです…これは、装置も望遠鏡もどちらも中途半端だったからです。
     「望遠鏡やソフトができていたのに、すばるは装置のdeliveryが遅れたために成果が出るのが一年以上も遅れた」、と言われていますが、本当にそうでしょうか?まず、プランをたてて望遠鏡の性能出しをシンプルでsolidな装置(当時、CISCOとSupcamがカセグレン焦点にありました)で「十分」行うべきだったのではないかと思います。しかし、望遠鏡の立ち上げが現場の担当者の意志に反して無計画にすすめられただけでなく、中途半端な状態の多数の装置をせかして次々と山頂にあげたため収集がつかなくなりました。
     計画が遅れたからではなく、このような「無計画な」性能出しをしたために、トラブルが起きやすい状態で共同利用をオープンしてしまい、結果として観測中にトラブルが多く生じ、サイエンスにマイナスになる結果になったのではないでしょうか?
     ここでも、「すばる」というプロジェクトに、prioritizeという作業がいかに欠けていたかという反省がある気がいたします。

    製作グループの今後の計画:
    ● Mauna Kea Photometric System
     現在すばるの近赤外線観測装置だけでなくマウナケアの各望遠鏡の近赤外線観測装置にはMauna Kea system(Tokunaga & Simons)のフィルターが実装されています。この新しいフィルターシステムを用いたphotometric systemは、まだ確立していないため、IRCSでシステマティックにphotometric standardsを観測することにより、IRTFでの観測をすすめるTokunaga氏と共同でこのシステムを作ろうとしています。

    ● 新AO用のIRCSアップグレード
     いま、新AO(多素子化およびレーザーガイド星)の計画がすでにすすみつつありますが、装置とサイエンスも見据えて計画をすすめる必要があるため、旧IRCSグループのメンバーは現AOグループに密接に協力して、このプロジェクトを強くサポートしています。
     とくにIRCSはAOを用いたextragalacticな観測で活躍していますが、多素子化とレーザーガイド星によるメリットは、ほとんどがextragalacticな観測にあるため、サイエンティフィックなゲインはとくにIRCS+AOの観測において大きいと考えられます。
     IRCS自体もこの新AOとそのサイエンティフィックニーズに合わせた改良を考えています。新しい機能に合わせた装置のたぬまない感度向上と調整は最新の結果を得るためにもっとも重要だからです。海外の装置がそういった向上作業を着々とすすめている以上、すばるでも「もう装置は終わった(装置はもういい)」などと休まずに、たぬまない向上努力とそれに対するサポートが望まれていると思います。

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     現在では、以下のようなmajorなアップグレードが可能と考えています。詳細な方針は、新AOのPreliminary Design Reviewを経て議論される予定ですが、最終的には観測所や関係委員会での議論を経て決められるべきことです。

    1. 新アレイのインストール
       CISCOでも用いられている、低ノイズでcosmeticsにも優れている「HAWAIIアレイ」は2.5μm以上の波長では使えないが、最近5.5μmまで観測可能の2048x2048 HAWAIIアレイがハワイ大学を中心に試験されている。
       これをインストールすることにより、(とくに分光で)感度が向上するだけでなく、撮像では視野のサイズは同じままでpixelscaleが0".058/pix → 0".036/pix、また、0".023/pix →0".014 /pix と新AOで期待される星像性能によくマッチしたピクセルスケールになる。

    2. 高分散化
       上記の新アレイのインストールによりエシェル分光はサンプリングが増えるために、pixel scaleが0".060/pix → 0".037/pix と新AOで期待される星像性能にマッチしたピクセルスケールに近づくと同時に、AO対応のスリット幅 0".09 のものを用意するだけで、現在のR=20,000からR=32,000に分解能を上げることができる。
       また、上の方でのべたシリコンimmerion gratingのインストールにより、R=68,000への高分散化を行うことも考えている。こちらはすでにFY2003の台長留め置き金のサポートによりR&Dをスタートさせている。

    3. ナスミス焦点への移動
       現時点では決定ではないが、新AOはナスミス焦点にとりつけられる可能性が高くなっている。その場合、IRCSもナスミス焦点に移動する必要があるので、現在その検討をはじめている。装置としては、安定したナスミス焦点の方が、装置のたわみが一切なくなり、より高精度のスペクトルを得るのに有利になると考えている。

    4. 簡易コロナグラフモードのインストール
       IRCSの焦点面は反射型であるため、コロナグラフ用の焦点面マスクを簡単に作成・装着することができる。ナスミス焦点にCIAOとIRCSの2装置を移動するのが、テクニカルな理由や予算・マンパワー的に困難な場合は、現在のCIAOと同様の性能がでるコロナグラフ観測ができるようにIRCSを改良することは容易である。
       # フルスペックのコロナグラフではないが、新AOを用いてもアポタイザ─つきのコロナグラフが効くようなストレール比(0.9 以上)には到達できないため、基本的に焦点面のマスクだけで十分となる。
       現在でも、例えばIRCS+AOを用いたdeep imagingなどのときに、中心にある明るいガイド星を隠すためにもこのようなコロナグラフ的なマスクへの強いニーズがある(ditheringにあわせて中心近傍の1".5角の5─9点をおおうような特殊なマスクも考慮中)。このマスクのわずかな反射率のおかげで、マスク中の「ガイド星」のPSFを常時モニターできるので、ポイント・ソースが視野中にない存在しない場合でも、信頼できる銀河のプロファイル・フィッティングができるようになるなど、大きな利点がある。